ストーリー
誰もが驚き、楽しくなり、触れたくなるような、
まるで音楽のような靴を作りたい。
創作の始まりは渋滞中。
うだるような暑さの車内からでした。
渋滞の車中にて
2019年9月。天井から照りつける熱気を感じながら、私は渋滞中の車内でハンドルを握っていました。うだるような暑さの中、どこまでも続く車の列。消えていく時間に焦る思い。そんなときカーラジオから流れてきた、とあるポップミュージックが、靴の創作のきっかけとなりました。
流れてきたのは、管楽器の軽快なフレーズから始まる、スティービー・ワンダーの「Sir Duke」。そのおおらかで、爽快な曲の力に、車中に満ちたネガティブな空気が一転したとき、私は音楽の偉大さを改めて体感したと同時に、この気持ちの高揚を靴にすることはできないだろうかと考えるようになりました。
目指したのはポップミュージック
誰もがそれを見て驚き、楽しくなり、触れたくなるような靴を作り出すぞと意気込んではみたものの、一体それがどんな形なのか、さっぱり見当がつかず攻めあぐねていました。あの衝撃的なひらめきから4ヶ月。あまりにも抽象的なスケッチを机上に並べ、次第に薄れていくあの時の高揚感を必死にたぐりながら、あてもなく革を貼り付けてみたり、木型にそわせてみたりしてはみたものの、一向に光は見えず、時間だけが刻々と過ぎていきました。箱の中に放り投げられた、様々な形をした革の残骸は、あまりにもポップミュージックとはほど遠く、しばらく見えない存在として、アトリエの片隅で埃を被ることになりました。
靴の“サビ”を見つけた日
ある日、革に紐を通した見本が必要になって、開けた箱の中に、あのとき放り投げられた試行錯誤がありました。あまりにも抽象的なパーツをいくつか取り出し記憶を追うのですが、あまり思い出せません。ならばと、たまたま目の前にあった木型にそれらを貼り付けてみて、創作のスイッチが再び入りました。つま先に貼りつけられたパーツは、意外性がありながらも美しい曲線を描いていたからです。そこから一挙にアイデアが湧いてきました。シューレースとつま先のパーツの結合部分に薄く漉いた革をアクセントに入れ、カウンターポケットを大きく取り、ダイナミックさを出しました。そして、つま先の芯を分厚くし、大きなキャップトゥが完成した時、ここが音楽でいう“サビ”の部分になるのだと、ようやく気づきました。
Aメロ→Bメロ→サビといった曲の流れや、音の出し入れなど。様々な仕掛けを用いて曲は構成されています。サビとなるキャップトゥのデザイン。それを引き立たすための仕掛けたち。これらが楽曲の構造に似ていることを知った時、これでもかと詰め込んだ、様々なデザインが生き生きとしだしたのです。それは、まさにあの時の高揚感に近く、製作中の靴が、ポジティブに空気を振動させているように感じました。
“音楽”と名付けられた“靴”
出来上がった靴には“THE MUSIC”と名前をつけました。渋滞中の車内の空気を一転させた、あのポップミュージックのように、誰もが驚き、楽しくなり、触れたくなるような靴であるように。ネガティブだった心が、それに触れることにより、ポジティブになるように。そんな思いを形にしたつもりです。
履きたいと思う靴を
歩きたいと思う靴を
育てたいと思う靴を、これからも作り続けます
ひとまずは、足元に“音楽”を。
靴作家・森田圭一