- Story -
kokochi sun3 / kamma(カンマ)
手縫いで仕立てられたアッパーには、新しいマテリアル・アラスカを使用。ボトムにはビブラム社製の、耐摩耗性に優れたラバーソール。そして、それらふたつに挟まれる形で施された、革製のミッドソールがクラフト感を際立たせています。いつものような先芯や踵のカウンター芯はありません。履いた感じはスニーカーのようで、紐も解かず履けるほどルーズでイージー。そして心地よい。使い続け柔らかくなったアッパーのエイジングと、その対極にあるスポーティーな佇まいは、使い込むほどに独特の存在感を見せてくれるでしょうし、この靴の大きな特徴となってくれるに違いありません。
2019年12月。ラフサンプルが出来上がりました。ホースレザーで作られたそれは、革の厚みが薄いせいで、アッパーがしなだれていました。長く履くためのスペックは満たしていませんでしたが、その独特な佇まいは、まるで頬に触れる異国の風のようで、新鮮でいて、どこか懐かしかったのを覚えています。kokochi sun3の持つ少しずっこけた感じの愛嬌はありませんでしたが、胸の奥を揺さぶるような、そわそわした感覚は、新しい美しさを予兆させたと同時に、これが自分の中から生まれたものなのかと目を疑いました。
実は本作、当初はkokochi sun3のテイストと相違点が多かったため、違うブランドとなる予定でした。しかし手元に届いた新しい革・アラスカで新たにサンプルを作り終えたとき、新ブランド立ち上げのプランは泡と消えました。約2ミリ。肉厚の革で組み上げられたそれは、端正であり、クラフト感に満ちながらも、いつものような“あの“独特の野暮ったさを孕んでいたからです。素材が変わると見た目も変わる。十分に理解していたつもりでしたが、今回ばかりは、ここまで雰囲気が変わってしまうのかと、まるでアラスカという革に魔法をかけられたようでした。
そして本番のサンプル作りを終え、本作をkamma(カンマ)と名付けました。カンマとはアイルランド語で読点(、)を意味しています。文章を区切り、明確にし、強調する読点のように、ブランドにも、履き手にも、なくてはならぬ存在であればと願いを込めました。
出来上がりから数か月、毎日のようにカンマを履いています。反り上がってきたつま先。少しくたびれたアッパー。幾分か履き込んだ足元の新作に目を落とし、ふと懐かしさが込み上げてきました。
“ Made in USA ” のタグに心躍らせた1990年代後半。私はビンテージのコンバース・オールスターに夢中でした。カラフルなキャンバス地に、細長いフォルム。経年劣化で少し黄ばんだつま先のゴムがなんとも印象的でした。見つかるサイズはどれも大きなサイズばかりでしたが、それでも靴ひもを思いっきり縛って、大きなサイズを履いていました。そのせいで余ったつま先は、いつも「くいっ」と上を向いて反り上がっていたのを覚えています。そのフォルムがたまらなく愛おしく、当時、高校生だった私が、靴好きになるきっかけとなりました。
あれから25年あまりの月日が流れ、そんなことはすっかり忘れてしまっていたのですが。何故だろう。足元にある少しくたびれたカンマを眺めていて、あの時の風景や匂いまでもがフィードバックしてきたのです。そして途端に目頭が熱くなりました。人は歳をとるにつれ、忙しくなり、やらなければいけないことや、やってはいけないことが多くなってきます。日常の喧騒の中。自作のカンマが、あの時のように「くいっ」と反り上がり、こちらを見つめていました。面影のある足元の相棒に、左の胸の奥を抓られた気分になりました。
*本記事は2020年5月展の為に作成したフライヤーの記事を加筆、編集して掲載しております。